育児で自分を責め続けてしまう人へ。自己肯定感が低い私が意識している3つのこと【育児】

はじめに

私は現在、1歳半を過ぎた娘の育児に奮闘中です。

初めての育児なので、慣れないことや思い通りにできないことがたくさんあります。そして、もともと自己肯定感がかなり低いことが災いして「自分はなんてダメな親なんだろう」と考えてしまうことも多々ありました。

おそらく私と同じように、育児中は思い通りにならないことが多く、「自分はダメな親だ」と自己嫌悪に陥ってしまう方もいらっしゃるのではないでしょうか。

この記事では、まず、自己肯定感が低い状態が育児にもたらす弊害を簡潔に解説します。その次に、育児をするうえで意識したことを紹介します。

自己肯定感が低い状態が育児に与える影響

心当たりがある方もいらっしゃると思いますが、まずは自己肯定感が低い状態の弊害をまとめました。

負のスパイラルから抜けられない

まずは、「自己肯定感が下がる → 上手くいかない → 自己肯定感が下がる → 上手くいかない → …」という負のスパイラルに陥ってしまいます。

自己肯定感が下がると、モチベーションも下がり、パフォーマンスも十分に発揮できません。そのような状態では結果も出ないため、さらに自己肯定感が下がる、という悪循環が発生します。

そして、人生とは不思議なもので、何か一つでも非常に上手くいかない時に限って、なぜか他の分野でも上手くいかないことが重なるものです。

そうなると、複数の負のスパイラルが同時に発生してしまうので、どこからどう抜け出せば良いのかがわからなくなります。

私の場合は、結果的に「自分は最底辺ランクの人間である」と考えてしまう状況にまで追い込まれてしまいました。

自分だけではなく他人も傷つけるリスクがある

先の私のように「自分は最底辺ランクの人間である」と考えてしまう状況になると、他人を傷つけるリスクも存在します。

例)
自分が追い込まれていて周囲が見えない状態に陥っている場合、下記の三段論法から「Aさんは最底辺ランク未満の人間である」という悪魔のような結論が導き出されかねない。

私は最底辺ランクの人間である。

私には能力Xがある。

Aさんには能力Xがない。

仮に、Aさんを自分の娘に置き換えてしまった場合を想像すると、恐怖でしかありません。何があっても娘はかけがえのない存在であり、最高に可愛くて素敵な存在なのに。

今回の私は、幸いにもギリギリのところで踏みとどまれた感覚があり、矢印が自分に向くだけで済みました。しかし、今後も踏みとどまれるという保証はどこにもありません。

「自分に矢印を向けすぎると、その矢印が他者にも向く可能性がある」というリスクは、認識しておくべきだと考えます。

また、他人から見ても、あまりに自己肯定感が低い様子を見続けるのはあまり気分が良いものではありません。

意識したこと

ここからは、自己肯定感が低い私がどのように育児に向き合っているか、意識していることを3つ紹介します。

自己肯定感が低いこと自体は諦める

最初にやったことは、諦めることです。「受け入れる(受容)」というより、「諦める(諦観)」に近い感覚です。

言い換えると、自己肯定感が低い自分を無理に変えようとせず、「自己肯定感が低いのは仕方がないよなー、低いこと自体では死なないし。」と考えることです。

私も色々な書籍やWEBサイトを読んだり、動画を見たりして、様々なことを試してみました。しかし、どうもうまくいきません。むしろ、いくら努力しても変えられないことに対してさらに自己肯定感が下がる、という負のスパイラルを加速させる原因になってしまいました。

そこで思い切って、自己肯定感が低いこと自体は仕方ないと諦めました。「私はどう頑張っても大谷翔平選手にはなれない」という感覚に近いです。

子供の前では理想の親を演じようとする

次にやったことは、子供の前では理想の親を演じようとすることです。

いつもであれば問題がなくできる言動でも、自己肯定感が低い状態だと否定的になったり消極的になったりします。

そこで、自分を往年の名優だと仮定して、

  • 頼りになって常に前向きな親でありたい。
  • 優しくてよく話を聞く親でありたい。
  • 余裕と包容力がある親でありたい。

などなど、自分が思う理想の親の言動を真似てみます。

演じようとするだけなので、演じきれなくても気に病む必要はありません。そして、演じていること自体に罪悪感を覚える必要もありません。

演じているうちに徐々に馴染んでくれば儲けもの、というスタンスで構えていると良いでしょう。続けていると、意外と自分に馴染んでくるものです。

愚痴を吐き出せる場所を作る

最後に大事なことは、愚痴を吐き出せる場所を作ることです。

私の経験上ではありますが、鬱屈した気持ちや落ち込んだメンタルを、抑え込み続けることは非常に難しいです。イメージとしては、箱に物をこれでもかと詰め込んでいる感覚です。詰め込み続けると、物が箱から「溢れる」のではなく、箱自体が破裂します。

そこで、自分自身が破裂する前に、とにかくどこかで吐き出しましょう。

吐き出す場所としては、

  • 日記に書く
  • SNSやブログに書く
  • Youtube等の動画プラットフォームに投稿する
  • チラシなどの裏に書いて捨てる
  • カラオケボックスで叫ぶ

など、色々な方法が考えられます。

その際に注意する点が2つあります。それは、愚痴に対するフィードバックを受けないことと、愚痴によるトラブルを事前に防ぐことです。

まず、吐き出すことだけが目的なので、他者からの余計なアドバイス等は不要です。そのフィードバックがノイズになり、余計なストレスにつながるリスクも十分にあります。SNSやブログなどで吐き出す場合は、他者からコメントを付けられないようにするのが良いと思います。

そして、愚痴の内容は人に見られないようにしておくか、見られても個人を特定されないようにしましょう。日記に吐き出している人は人に絶対に見られないようにしておきましょう。SNS等では炎上のリスクもあるので、個人が特定されないように内容を注意するだけではなく、必要であればアカウントを別で用意するなど、工夫しましょう。

友人・知人や家族に吐き出すのも良いのですが、あまり頼ると相手の負担になってしまうので、自分1人で完結できる方法を持っておくと強いです。

私は日記派ですが、自分が死ぬ時にその日記をどうするかは考え中です。

まとめ

私がやったことは以下の3つです。

  1. 自己肯定感が低いこと自体は諦める
  2. 子供の前では理想の親を演じようとする
  3. 愚痴を吐き出せる場所を作る

私の経験上ですが、真面目で勤勉な方ほど、自己肯定感の負のスパイラルに陥りやすいと感じます。

いくら頑張ってもなかなか上手くいかないと感じている方には、特に「自己肯定感が低いこと自体は諦める」を試してほしいです。

ここに思いいたるまでに参考になった本の一部を下記に紹介しますので、ぜひ一度読んでみてください。

  • 諦観に思いいたる際に、この本の内容を思い出しました。
  • 最近、「考えること」自体を考えるようになったので、哲学に関する本を読み始めました。この本は、文体が非常に柔らかくて読みやすいです。

自己肯定感が低いこと自体は、必ずしも克服しなければならない欠点ではないのかもしれません。

少なくとも私は、そう考えることで少しだけ育児が楽になりました。

この記事が、同じように自分を責め続けてしまう誰かの参考になれば幸いです。

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