事業家集団に入るまでの話〜1

事業家集団

私がとある事業家集団に所属していた時のお話です。
物語感覚で読んでいただければと思います!

事業家集団の概要

私が所属していた事業家集団とは、男性のT氏と女性のM氏の2名をトップとする集団です。

元々はNewaysというネットワークビジネスを中心に、飲食店や美容院など色々なビジネスを手掛けているチームでした。

Newaysは2015年4月に会社名をModereに変更しており、事業家集団は引き続きModereを中心にビジネスを行っていました。

Modere - Live Clean

事業家集団は2017年12月頃をもってModereとは決別し、2018年4月からは独自の仕組みでビジネスを行っています。

この事業家集団については、Twitterで「#事業家集団」で検索すると関連するツイートがたくさん出てきますので、興味のある方はそちらで色々と調べていただければと思います。

事業家集団の内部で更に細かくチームが分かれており、各チームごとに特色があります。

そのため、私からすると「本当にこんなことがあったのか」と驚くツイートもありますが、基本的にツイートの信頼性は高いと考えています。

私は、Newaysの末期から独自の仕組みの初期まで在籍していましたが、実際に活動をしていたのはModereの末期までです。

私が加入した当時は「ワンダーランド」というチーム名でしたが、加入してすぐに「ワンダーランド」という名称は利用されなくなりました。

カモネギが社会人になるまで

私は、社会人になる前から「いつか独立起業したい」と思っていました。

その背景は大きく以下の4つです。

  1. 自分で仕事内容や収入をコントロールできるようになりたいと思っていた。
  2. 既存の枠組みやルールに押し込められるのが嫌いで、新しいことに挑戦し続けるのが好きだった。
  3. 幼い頃に近所の銀行が破綻する様子を間近で見ており、会社員だからといって安定だとは思えなかった。
  4. 身近に起業されている方が多く、世間一般よりも良い暮らしをしている方が多かった。

しかし、私は学生時代や社会人になる時に、起業という道を選びませんでした。

また、学生時代は部活動(と学業)に専念しており、学生起業しようと考えたことがありませんでした。

卒業を意識した時点では、私には特に起業のアイディアがなかったため、まずはどこかの企業で働こうと考えました。

そして、第一希望群のIT企業から無事に内定をもらい、社会人としての第一歩を踏み出します。

会社で働いていく中で抱いた疑問

社会人としての出だしは順調だったと思います。

激務ではあったものの、仕事自体は楽しく、人間関係も割と良い中で働いていました。

仕事のかたわら、IT系の資格も取得し、経営関係の本も読んで勉強し、自分が40歳くらいになった時には会社を設立できるように力を蓄えておこうと考えていました。

しかし、社会人4年目から5年目にかけて、会社員として40歳まで働き続けることに対して疑問を感じる出来事が2つ起こりました。

1.キャリアに対する疑問

1つ目は、会社内では自分のキャリアを自分自身で決定することができず、会社の都合により自分のキャリアが決定されてしまうということです。

私は社会人2年目の頃から、直接の上司である課長から部長に至るまで、自分がやりたい仕事を明言していました。

そして、実際に行動に起こそうと思い、やりたい仕事に関係する資格を4つほど取得しました。

その時は、課長から部長まで「カモネギにはそういう仕事を用意しなければね」という言葉を掛けていただきました。

しかし、その後短期間で何度も異動になり、その理由と現状に不満を覚えました。

不満を覚えた点を挙げていくと、

  • 異動の理由が私のキャリアとは関係なく、人手不足のプロジェクトに入ってほいという理由だったこと。
  • 異動先のメンバーで業務を効率化したところ、そのプロジェクトは暇になったという理由で異動させられたこと。
  • 入社後最初に入ったプロジェクトが超激務だったが、それを乗り切ってしまったため激務プロジェクト担当者という扱いを受け続けたこと。
  • 人事評価で不当な扱いをされたこと(別記事で書く予定)。

などなど。。。

当時任されていた仕事に対しても真摯に向き合っており、その上で将来を見据えて努力もしていたのですが、なかなか報われない現状に対して疑問を抱いていました。

2.事業立上げに対する疑問

2つ目は、会社が新しい事業を立ち上げることや新技術に対して消極的であったことです。

ある時、会社内で新規の事業・調査・研究立ち上げのコンペが開催されました。

もともと起業願望があった私にとって、この機会を自分のものにしたいと強く思いました。

私は「新規事業なのだから、他の会社がやっていないことを提案しよう。」と意気込み、通常業務のかたわら遅くまで会社に残り、調査や資料作成を行いました。

休日も、自分の身銭を切って提案のために準備をしました。

コンペの結果、私の提案は却下され、却下理由は「前例が無い」というものでした。

個人的には、前例がないから新規事業として挑戦する価値があると思っていたのですが、保守的な会社であったため価値観の違いを埋めることができませんでした。

起業のための準備や経験を積むのには、今働いている会社では十分ではないのでは、と疑問を持つようになりました。

友人からのキャッシュフローゲームのお誘い

仕事自体は楽しくてやりがいもあり、協業するメンバーも良かったのですが、前述のように会社の方針や対応に不満があり、このまま会社で働き続けても自分のなりたい姿にはなれないのではないか、と考えるようになりました。

そんな時に、社会人になってから知り合った友達(以下、Aさん)にキャッシュフローゲームに誘われました。

A「カモネギさんって、キャッシュフローゲームって知ってますか?」

鴨「知ってますよ!やったことはないけれども、気にはなっているんですよね。」

A「今度、友達とキャッシュフローゲームをやる予定なのですが、興味があったら一緒に行きませんか?」

鴨「良いですね!行きましょう。」

Aさん自身は事業家集団のメンバーではありませんが、Aさんの友達(以下、Bさん)が事業家集団のメンバーです。

このキャッシュフローゲーム会(以下、ゲーム会)に参加するところから、私と事業家集団の関係が始まります。

※次章へ続きます。
事業家集団に入るまでの話〜2

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